ドローンの歴史(上)無人航空機のはじまり

Wrightflyer

ドローンの歴史

はじめに

2015年はドローン元年とも言われ、産業用・ホビー用問わず、ドローンは社会に急速に認知され、浸透し始めました。私たち個人は、産業用ドローンによりもたらされる生産性向上などの利益を享受し、ホビードローンによる新たなレジャーを見つけていくようになるでしょう。ドローンをより楽しむために、ここで一度ドローンの歴史について調べてみましょう。

ドローンとは何ですか

今現在、日本においてドローンの定義は改正航空法によって、以下のように定義されるようになりました。

「飛行機、回転翼航空機、滑空機、飛行船であって構造上人が乗ることができないもののうち、遠隔操作又は自動操縦により飛行させることができるもの(200g未満の重量(機体本体の重量とバッテリーの重量の合計)のものを除く)」

要は、200g以上の無人の航空機ということですね。無人航空機の元祖は、軍事の世界で生まれたUAV(Unmanned Aerial Vehicle)と呼ばれる無人航空機が祖となります。現在では産業用ドローンと区別するために軍事ドローンと呼ばれています。

元祖ドローンはライト兄弟

アメリカ出身の発明者であるライト兄弟は、自転車屋を営業しながら、兄弟で研究を行い、1903年に世界で初めての飛行機を完成させました。このとき完成した飛行機は、12馬力エンジン搭載のライトフライヤー号で、有人動力飛行に成功しています。そう、有人なのでまだ無人航空機ではないですね。

第一次世界大戦中に陸軍航空局の依頼により、ライト兄弟が試作した機体「ケタリング空中魚雷(Kettering Aerial Torpedo)」こそが元祖無人航空機です。この機体は、50マイル(80km)先の目標を攻撃できる能力を持っていました。試作機ケタリング空中魚雷は、「ケタリング・バグ(Kettering Bug)」として数機生産されましたが、戦争終結により実戦には投入されませんでした。

元祖UAV「ケタリング・バグ」の性能

ケタリング・バグ(Wikiより)

ケタリング・バグ(Wikiより)

 

全長 3.8m
高さ 2.3m
総重量 240kg
エンジン 40馬力
速度 193km/h
搭載量 80㎏

ケタリング・バグは80㎏の爆弾を75マイル(120㎞)先の目標を攻撃できる性能を持っていました。その仕組みは、エンジンの回転数を基準として落下タイミングを設定して、決められたタイミングでエンジンが停止し、翼を固定しているボルトが外れることで、目標に突撃するようになっていました。

エンジンにはフォード・モーターの大量生産品(40ドル)が使用され、胴体部分は木材で作られていました。制御システムは、高度計・気圧計・空気/真空/電気システムが使われていました。

 第二次世界大戦でのドローン

アメリカ第2のUAV「BQ-7」

第一次世界大戦では、実戦投入されることなく終わったUAVでしたが、第二次世界大戦では開発が本格化し、初の実戦投入が実施されました。1944年のヨーロッパ戦線において、ボーイング社開発のB-17爆撃機に高性能爆薬を搭載して無人機に改造して突撃する「アフロディーテ作戦」が立案されました。

BQ-7(Wikiより)

BQ-7(Wikiより)

B-17は高い飛行性能と豊富な防御火器を持ちアメリカ陸軍の主力爆撃機として活躍していました。このB-17の装備を極力外し、コックピットにテレビカメラを設置することで、無線操縦を可能とした機体は「BQ-7」と呼ばれました。

しかしながらこのBQ-7は爆薬の安全装置が遠隔で解除できないという大きな欠点があり、運用の際には、パイロットが乗り込んで発進して、手動で安全装置を解除してから脱出するという手順が必要でした。そのため、BQ-7は大きな戦果を挙げることはありませんでした。

ドイツのUAV「V-1」

「V-1」Wikiより

「V-1」Wikiより

全長 8.3m
高さ 1.4m
総重量 2,150kg
エンジン 300kg,750hp
速度 600km/h
搭載量 850㎏

アメリカのB-17に対して、ナチス・ドイツは世界一の技術力によりUAVの傑作機「V-1」の開発に成功します。フィーゼラー社はドイツ空軍の依頼により、アルグス社製パルスジェットを動力とする「V-1」を開発しました。このパルスジェットは、これまでのジェットエンジンと比較して構造がシンプルかつ自動車用燃料を流用できる画期的なエンジンでした。

「V-1」は、ジャイロスコープにより目標に方角を誘導し、機首先端部にあるプロペラ回転数から飛行距離を測定し、設定した距離でエンジン停止による目標へ墜落するという完成された兵器となりました。

「V-1」は1944年に実戦配備されたのち、累計2万機以上が実戦投入されました。標的とされた都市の市民からは、「V-1」のパルスジェットから聞こえる特徴的なエンジン音から「ぶんぶん爆弾」などと呼ばれ、恐れられていました。

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